ニュースのことば5月まとめ

20160915_04

沖縄の本土復帰
太平洋戦争に敗れた日本は、1952年にサンフランシスコ講和(平和)条約が発効するまでアメリカ(米国)など連合国に占領されました。沖縄ではその後も米国の統治が続き、72年5月15日、本土への復帰を果たしました。
復帰から46年を前に11日、沖縄で「5・15平和行進」が始まりました=写真。全国からのべ約5400人(主催者発表)が参加。3日間かけて米軍基地や沖縄戦跡をめぐり平和の尊さをうったえました。
慰安婦問題をめぐる日韓合意
2008年5月12日に中国中西部の四川省で起きた大地震。中国政府の報告書によると、地震の規模を示すマグニチュードは8.0、死者は多くの小学生をふくむ6万9227人、行方不明者は1万7923人に上ります。
大地震から10年。習近平国家主席は復興をアピールしましたが、地震でくずれた校舎に手抜き工事があったと批判する遺族は、きびしく監視されました。
パレスチナ難民
中東のパレスチナを追われた住民。国際連合の総会がパレスチナをユダヤ人とアラブ人(パレスチナ人)の2国家に分ける決議を採択したことを受けて1948年、ユダヤ人がイスラエル建国を宣言。アラブ諸国と戦争が起き、イスラエルが勝ったことで約70万人のパレスチナ人が難民になりました。いまは子孫をふくめて530万人を超えます。
レッドリスト
絶滅のおそれのある野生生物の状況をまとめたデータベース。国際自然保護連合に加え、国や自治体が独自につくるものもあります。
環境省は22日、「環境省版レッドリスト」を改訂しました。絶滅危惧種には、世界自然遺産の小笠原諸島(東京都)の兄島に生息する貝類ミガキヤマキサゴ=写真=などが追加され、計3675種に。ドジョウは将来的に絶滅危惧種になる可能性がある準絶滅危惧種とされました。
イラク日報
2004~06年に陸上自衛隊をイラクに派遣した際の活動報告。国会では防衛大臣らが「ない」と答えてきましたが、自衛隊内で見つかったとして今年4月、派遣期間の約半分にあたる469日分を公表しました。意図的に隠していたのでは、と問題になっていました。
防衛省は23日、この問題に対する調査結果を国会に報告しました。去年2月22日に当時の稲田朋美防衛大臣が日報を探すように口頭で指示したものの、部下は指示と認識していなかったとして、組織の意図的な隠蔽は認定しませんでした。口頭注意など17人を処分しました。
セ・パ交流戦
プロ野球のセントラル・リーグ(セ・リーグ)とパシフィック・リーグ(パ・リーグ)との間で行われる交流試合。2005年から毎年行われています。リーグごとに球団の勝ち数を合計し、多い方が勝ちとなります。勝ったリーグの中で、勝ち数に応じて賞金が分配されます。またリーグを問わず、最高勝率球団にも賞金がおくられます。
今年のセ・パ交流戦は5月29日から始まりました。6月17日まで、全108試合が行われます。
司法取引
他人の犯罪を捜査機関に明かす見返りに、自身の刑事処分が軽くされる制度です。2016年5月に成立した刑事司法改革関連法に盛りこまれたもので、6月1日から始まりました。
取引の対象になる犯罪は主に、贈収賄や脱税、談合のほか、特殊詐欺や薬物犯罪など、組織的に行われる犯罪です。犯罪の中心的な役割を担った人物の逮捕につながると期待される一方、容疑者や被告がうその供述をすることによって無実の人を冤罪に巻きこむ危険性も指摘されています。
党首討論
イギリス議会を参考に、2000年に初めて行われました。与党の党首である首相と、一定規模以上の野党の党首が1対1で計45分間議論します。首相は野党側に反論することもできます。00年は8回行われましたが、去年は1回も行われませんでした。
安倍晋三首相と野党党首による党首討論が5月30日、1年半ぶりに開かれました。森友学園への国有地売却問題や、加計学園の愛媛県今治市への獣医学部新設問題などを追及した野党側に対し、首相は自分の責任はみとめませんでした。

 

ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎県、熊本県)が登録される見通しです。事前に審査をする機関が「登録」を勧告。今月下旬から開かれる世界遺産委員会で最終的に決まります。

日本にキリスト教が伝えられたのは1549年。宣教師のフランシスコ・ザビエルが鹿児島に来たのが、はじまりです。ヨーロッパとの貿易で鉄砲などの輸入を有利に進められるのではないかと考え、布教を認める戦国大名もあらわれました。

キリスト教が受け入れられたのは宣教師が学校や病院などを建て、民衆に支持されたことも大きな要因でした。一方、信者が増えると警戒する動きも……。豊臣秀吉は長崎がキリシタン大名によって寄進されて教会領になると、天下統一のさまたげになると考えて1587年に「バテレン(宣教師)追放令」を出しました。

江戸幕府を開いた徳川家康も当初は海外との貿易を優先する考えでした。ところが、キリスト教の布教がスペインやポルトガルの侵略をまねく心配があるとして規制を強める政策に転換。1612年の禁教令では幕府の直轄地で、翌年は全国でキリスト教を禁じ、宣教師を追放したり、信者を迫害したりしました。

1637年、島原(長崎県)と天草(熊本県)で年貢の取り立てなどに抵抗し、農民らによる一揆が発生しました。鎮圧後、幕府は領民が仏教徒であることを寺院に証明させる政策を強化。ポルトガル船の来航も禁じ、鎖国政策へとつながりました。

【朝日小学生新聞2018年5月21日~2018年6月4日掲載】