研究ふまえた変更案も元通り

学校で教える内容の基準を示す「学習指導要領」の改訂で、「聖徳太子」や「鎖国」などの歴史用語がかわるかも!?――こんなニュースが先日、伝えられました。結局かわらず、もとにもどったり、別の表記にあらためられたりしました(メモ参照)。朝小で「歴史をいろどる その名は」を連載中の歴史作家・河合敦さんに、それぞれの用語をめぐる歴史研究の現状を教えてもらいました。(編集委員・沢辺雅俊)

朝小で連載中 河合敦さんが解説

大和朝廷
官僚が法で国を治める律令制度は、701年の「大宝律令」で確立されました。それ以前は「朝廷」と呼べるほどの組織は整っていなかったので「政権」のほうが適切でしょう。「大和」と書くと奈良に限定されるイメージになるので、全国政権として「ヤマト政権」という記述が高校の教科書ではみられます。

聖徳太子
この呼び名は、死後100年以上たってからの書物にあらわれます。本名は「厩戸」。改訂案の背景には、人物の評価がかわったことも関係しています。業績とされる「冠位十二階」や「十七条の憲法」の制定、「遣隋使」の派遣を、20~30代のころに本当に主導できたのか。推古天皇のころ、いちばん力があったのは蘇我馬子であって、聖徳太子は主導していないという見方が主流です。高校の教科書では政権の中心人物としてはえがかれていません。
昔から聖徳太子を仏教の聖人とあがめる信仰が根づいており、用語をかえにくいのかもしれません。

元寇
おそってきたのは北京(中国)に首都を置く「元」や支配下にあった朝鮮です。改訂案どおりに「モンゴルの襲来」を主にすると、モンゴル人だけが来たというイメージが強くなりますが、中国や朝鮮の人も大勢います。「元寇」のままで問題ないのでは。

鎖国
17世紀末に日本に滞在したドイツ人医師が外国に対する閉鎖的な政策について書き、それを日本の学者が1801年に訳した言葉が「鎖国」。当時(江戸時代)、学者以外はわからない用語です。そもそも長崎、対馬(長崎)、松前(北海道)、琉球(沖縄)では海外交易が行われていました。また、中国や朝鮮でも、国民を海外に出さない政策をとっていました。「対外政策」や「海禁政策」という言葉が適切でしょう。

歌川(安藤)広重
浮世絵の画家本人は歌川と名乗っています。作家・滝沢馬琴も、高校の主な教科書では曲亭馬琴です。

日華事変
まず目にしない表記で、学習指導要領で使っていたことに驚きました。高校の教科書も日中戦争です。

今回、注目されたのは小学校・中学校の学習指導要領の用語ですが、高校の教科書ではすでにかわっているものが大半です。
高校の教科書がかわってから、中学校、小学校の記述がかわるのが一般的。教科書の欄外で「注」として紹介されてからしばらくして、本文中に記述されるパターンもよくみられます。
歴史に興味があるみなさんは、高校の日本史の教科書(おすすめは『詳説日本史B』山川出版社)を読んでみるといいですね。

【メモ】
文部科学省は学習指導要領の改訂案を2月に公表しました。歴史研究を反映するねらいで表記をかえる案を示したところ、国民から広く意見をつのる「パブリックコメント」で一部の用語に対し、「教えづらい」「わかりにくい」などの批判が集中。同省は3月末の告示で、一部の用語をもとにもどすなどしました。小学校は2020年度、中学校は21年度から実施されます。

用語のうつりかわり 小:小学校 中:中学校
【現在】 【改訂案】 【告示】
大和朝廷 (小)(中)大和政権(大和朝廷)の成立 →大和朝廷(大和政権)による統一の様子
聖徳太子 (小)聖徳太子(厩戸王) →聖徳太子
(中)厩戸王(聖徳太子) →聖徳太子
※厩戸皇子などの表記にもふれる
元寇 (中)モンゴルの襲来(元寇) →元寇(モンゴル帝国の襲来)
鎖国 (小)幕府の対外政策 →鎖国などの幕府の政策
(中)江戸幕府の対外政策 →鎖国などの幕府の対外政策
【以下は改訂案どおりに告示】
歌川(安藤)広重(小)歌川広重 / 日華事変(小)日中戦争

【朝日小学生新聞2017年4月9日 掲載】