From灘 偉人の伝承 誤りでも意義がある

私の生まれ故郷の大阪府河南町には、弘川寺というお寺があります。桜を愛した平安時代から鎌倉時代の大歌人、西行法師が桜の満開のころに亡くなったという伝承があるお寺です。境内の山にはお墓だとされる直径数メートルの塚(小山)も残されています。

しかし、この塚が西行法師のお墓として認知されたのは江戸時代であり、それまではずっと放置され山中にうもれていました。さらに、西行法師が亡くなったという伝承やお墓とされる塚は各地に残っており、中には明らかに時代が合わないものもあるそうです。

西行法師だけではありません。神奈川県川崎市には、源頼朝が茶筅という道具のかわりに使った松の葉を捨てたところ、根づいて大木に育ったという信じがたい言い伝えがあります。歴史上の偉人ゆかりの名所だと伝わる場所は各地にありますが、根拠が不明確だったり誤りだったりするものも多いのです。

人々が偉人にあこがれ、自分たちと結びつけようとしたという背景は無視できません。史実を追究する立場からは迷惑ですが、誰のどんな伝承がどこに分布しているか調べることで、人々がどんな偉人に愛着を持っていたかがわかってくるという意義もあります。

これらの伝承の中には、現在も続くお祭りの由来になったり、偉人を代表するエピソードとして人気だったりするものも少なくありません。うのみにするのでなく、うそはけしからんと目くじらを立てるのでもなく、伝承だと割り切って受け止めることが大事です。

【朝日小学生新聞2022年4月29日 掲載】