高度経済成長期の歩みを理解

高度経済成長期の歩みを理解

2018年は「スポーツ」に注目が集まる1年でした。甲子園はもちろん、韓国の平昌で開催されたオリンピック(五輪)とパラリンピック、ロシアを舞台に約1か月、開かれたサッカーのワールドカップについても上の「ニュースおぼえているかな?」で取り上げました(10月5日付)。

ここ数年の入試をふり返ると、東京五輪・パラリンピックを「入り口」にして前回、東京で開催された1964年を軸にした「日本の歩み」を出題する例がめだちます。2025年に国際博覧会(万博)が開かれることが決まった大阪でも1970年に万博が開催されていることから、当時の動きをおさえておくのがよさそうです。

戦後の日本経済は50年からの朝鮮戦争による「特需景気」で回復し、その後に急成長をとげました。50年代半ばから70年代はじめにかけての時期を「高度経済成長期」といいます。

池田勇人内閣は60年に「(国民)所得倍増計画」を打ち出し、輸出を増やして国民総生産(GNP)を10年間で2倍にすることなどを目標にかかげました。太平洋ベルト(地帯)を中心に、鉄鋼や機械、化学などの重化学工業が発展し、おもなエネルギー資源が石炭よりも安い石油にかわったことも経済の成長を支えました。68年には西ドイツ(当時)を抜いて資本主義国でアメリカにつぐ世界第2位の国民総生産になりました。

東京五輪の開催に先立って高速道路が整備され、東京-新大阪間で東海道新幹線も開業。旅客の輸送面で大きな転機となりました。東京都内を中心に地下鉄などの整備も急速に進められ、東京の都市化に拍車がかかりました。大量生産で価格が安くなったことなどから電化製品や自動車なども普及。50年代中ごろから白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫の「三種の神器」が一般家庭にも広がりました。こうした経済成長も73年におきた「石油危機」でブレーキがかかりました。

【朝日小学生新聞2018年11月30日 掲載】