普天間や辺野古の位置を確認

普天間や辺野古の位置を確認

沖縄の基地問題に関連した出題は入試でよく取り上げられます。普天間飛行場や辺野古の位置は必ず確認します。

上の「ニュースおぼえているかな?」の質問にもありますが、沖縄にあるアメリカ(米国)軍施設の面積が、日本国内にあるすべての米軍施設の面積に占める割合(約70%)もおぼえます。2018年度の入試では、東大寺学園中や西大和学園中(ともに奈良県)などがこの割合を問いました。普天間飛行場の問題点として「周辺に学校や住宅などが密集しており、米軍機やヘリコプターによる騒音や墜落の危険性がある」といったことを確認しておきます。

米軍の日本駐留などが定められ、1951年に結ばれた日米安全保障条約も重要です。同時に結ばれたサンフランシスコ講和(平和)条約は戦後史をテーマにした出題でよく取り上げられ、沖縄と奄美群島、小笠原諸島は本土と切り離し、米国が統治することなどが定められました。

奄美群島は53年、小笠原諸島は68年に返還(復帰)されましたが、沖縄の返還が実現したのは72年。返還前の沖縄では「円」ではなく「ドル」が使われ、自動車は右側を通行し、日本本土との行き来には特別な手続きが必要でした。返還されたときの首相、佐藤栄作が「非核三原則(核兵器を持たず、つくらず、持ち込ませず)」を唱え、74年にノーベル平和賞を受賞したことも入試でよく出ます。また、ことしは小笠原諸島が返還されてから節目の50年にあたることから、こうした流れをおさえておくことも大事です。

歴史では15世紀ごろからの歩みに注目します。

尚巴志が樹立した琉球王国は、明(いまの中国)や日本などとの交易で栄えました。しかし、倭寇(中国や朝鮮半島の沿岸をあらした海賊)の進出などで東南アジアでの交易のあり方がかわると次第におとろえ、江戸時代のはじめには薩摩藩に攻められて支配されるようになりました。

琉球王国については、ある国から輸入したものをそのまま別の国へ輸出するなどした「中継貿易」で栄えたこと、中国と朝貢(使節を送り、みつぎ物を差し出す)関係にあったことがポイントです。

【朝日小学生新聞2018年11月9日 掲載】