日本でのキリスト教の歴史が大事

日本でのキリスト教の歴史が大事

世界遺産は入試でよく出るテーマです。まずは日本の世界遺産がどこにあるのか、地図で確認しておきます。2018年度は長野・佐久長聖中が出題。「この県は~」と名前をふせたうえで九つの都道府県の特色を説明する文章を示し、このうち世界遺産があるところを選択させました。

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に関連しておさえておきたいのは、日本におけるキリスト教の「歴史」です。

日本にキリスト教が伝えられたのは1549年。宣教師のフランシスコ・ザビエルが鹿児島に来たのがはじまりです。ヨーロッパとの貿易で鉄砲などを有利に輸入できるのではないかと考え、布教を認める戦国大名もあらわれました。

キリスト教が受け入れられたのは宣教師が学校や病院などを建て、民衆に支持されたことも大きな要因でした。一方、信者が増えると警戒する動きも……。豊臣秀吉は長崎がキリシタン大名によって寄進されて教会領になると、天下統一のさまたげになると考えて1587年に「バテレン(宣教師)追放令」を出しました。

江戸幕府を開いた徳川家康も当初は海外との貿易を優先する考えでした。ところが、キリスト教の布教がスペインやポルトガルの侵略をまねく心配があるとして規制を強める政策に転換。1613年には全国でキリスト教を禁じ、宣教師を追放するなどしました。

1637年、島原(長崎県)と天草(熊本県)で年貢の取り立てなどに抵抗し、農民らによる一揆が発生しました。鎮圧後、幕府は領民が仏教徒であることを寺院に証明させる政策を強化。ポルトガル船の来航も禁じ、鎖国政策へとつながりました

【朝日小学生新聞2018年10月26日 掲載】